10秒に1回は求愛される国・キューバ 「古き良き時代」を旅して

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いつか一度は旅してみたいキューバ。「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」を生んだラテン音楽の天国に憧れている人も多いはず。カメラとひとり旅をこよなく愛する編集者兼ライターの宇佐美里圭(うさみ・りか)さんが、キューバを訪れた…

いつか一度は旅してみたいキューバ。「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」を生んだラテン音楽の天国に憧れている人も多いはず。カメラとひとり旅をこよなく愛する編集者兼ライターの宇佐美里圭(うさみ・りか)さんが、キューバを訪れた時、彼女の身に起こったこととは?

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街を歩く女性をうんざりさせるもの

11月25日、フィデル・カストロ前国家評議会議長が90歳で亡くなりました。1959年にキューバ革命を成し遂げてから、およそ57年にも渡り権力の座にあったこの人物を、「独裁者」と呼ぶ人もいれば、「英雄」と崇める人もいる。一言で「いい、悪い」では片付けられない、稀代のカリスマだったことは確かです。

私が初めてキューバへ行ったのは2002年のこと。「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」のアルバムがリリースされたのが1997年。同名の映画が日本で公開されたのが2000年。ちょうど世界中で「古き良きキューバ」への憧れが再燃していた頃です。

いざ行ってみると、まさにそこはイメージ通りの“キューバ”。古いスペイン風の建物が並ぶ旧市街に50年代のアメ車が走り、どこからともなくサルサが聞こえてくる。もちろんマクドナルドもコカコーラもなく、広告といったら「Hasta la Victoria(勝利するまで)」というプロパガンダのみ。映画で見たままの、“キューバすぎるほどキューバ”な光景でした。

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しかし、こんなに素敵な街なのに、すぐさま外を歩くのがイヤに……。キューバ風ピロポ(男性から女性へ、すれ違いざま言葉を投げかけること)があまりに強烈だったのです。ラテンアメリカでは多かれ少なかれある風習ですが、その表現の仕方がハンパない! 10秒に1回くらいの割合で何か言ってきます。満面の笑みで何か言うのはまだいいものの、後をついてきたり、腕をつかまれたり、突然道でひざまずいてロマンティックな詩をうたいだしたり……。

一度は、いきなり目の前でおじさんがバタっと倒れたことがありました。びっくりして立ち止まると、「君の美しさに心臓が止まって、倒れてしまったよ!」。ここまでやれば上等。そこに居合わせた人みんなが大爆笑でした。

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断っておきますが、これは美人、不美人関係なく若い女性なら誰でも体験することです(当時は私も若かった)。今は状況も少し変わっているかもしれませんが、私のまわりにいた女性観光客は、みんなしばらく外を歩く気が失せていました。

そんなキューバでしたが、さらにびっくりしたのが、働いている子どもが一人もいないことでした。そう、一人も!です。もちろん、物乞いをしているホームレスもいません。それは、他の南米諸国では見たことのない光景でした。すべての子どもが教育を受けられるということは、日本にいると当たり前のようですが、決してそうではありません。これが社会主義国キューバなのだ、と強く印象に残りました。

cuba2

一方で、あれ?と思うことも。まず、みんなどこか“不満気”なこと。一見明るいとはいえ、会う人会う人、口を開けば愚痴ばかり。配給手帳を取り出して、「食べ物は配給されるけど、これじゃ全然足りない」とか、給料が安い(医者でも月給20ドルほど)とか、モノがないとか、外国に行けないとか、とにかくありとあらゆる不満を外国人の私に訴えてきます。

確かに、お店に入ってもビスケットや日用雑貨がガラスケースにぽつんと並べられ、スペースの10分の1くらいしかモノが並んでいません。でも、だからといって大半の人は何かをするわけでもない。何かできるわけでもない。そう、亡命する以外は……。

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あるキューバ人の若者が私にこんなことを言いました。

「僕は人生で戦おうとは思わない。ここでは意味がないし、変わるときがくれば変わるから。どんなことにも耐える準備はできているんだ。モノがないからといって不幸にはならないでしょう。パンしかなければパンを食べればいい。卵がないと不満を持つことはない。あるものの中でどうにかするんだ」

長い間じっと待っていた“変化”が起こったいま、彼らはどういう方向に向かって行くのでしょうか……。

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10秒に1回は求愛される国・キューバ 「古き良き時代」を旅して

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いつか一度は旅してみたいキューバ。「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」を生んだラテン音楽の天国に憧れている人も多いはず。カメラとひとり旅をこよなく愛する編集者兼ライターの宇佐美里圭(うさみ・りか)さんが、キューバを訪れた…

いつか一度は旅してみたいキューバ。「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」を生んだラテン音楽の天国に憧れている人も多いはず。カメラとひとり旅をこよなく愛する編集者兼ライターの宇佐美里圭(うさみ・りか)さんが、キューバを訪れた時、彼女の身に起こったこととは?

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街を歩く女性をうんざりさせるもの

11月25日、フィデル・カストロ前国家評議会議長が90歳で亡くなりました。1959年にキューバ革命を成し遂げてから、およそ57年にも渡り権力の座にあったこの人物を、「独裁者」と呼ぶ人もいれば、「英雄」と崇める人もいる。一言で「いい、悪い」では片付けられない、稀代のカリスマだったことは確かです。

私が初めてキューバへ行ったのは2002年のこと。「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」のアルバムがリリースされたのが1997年。同名の映画が日本で公開されたのが2000年。ちょうど世界中で「古き良きキューバ」への憧れが再燃していた頃です。

いざ行ってみると、まさにそこはイメージ通りの“キューバ”。古いスペイン風の建物が並ぶ旧市街に50年代のアメ車が走り、どこからともなくサルサが聞こえてくる。もちろんマクドナルドもコカコーラもなく、広告といったら「Hasta la Victoria(勝利するまで)」というプロパガンダのみ。映画で見たままの、“キューバすぎるほどキューバ”な光景でした。

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しかし、こんなに素敵な街なのに、すぐさま外を歩くのがイヤに……。キューバ風ピロポ(男性から女性へ、すれ違いざま言葉を投げかけること)があまりに強烈だったのです。ラテンアメリカでは多かれ少なかれある風習ですが、その表現の仕方がハンパない! 10秒に1回くらいの割合で何か言ってきます。満面の笑みで何か言うのはまだいいものの、後をついてきたり、腕をつかまれたり、突然道でひざまずいてロマンティックな詩をうたいだしたり……。

一度は、いきなり目の前でおじさんがバタっと倒れたことがありました。びっくりして立ち止まると、「君の美しさに心臓が止まって、倒れてしまったよ!」。ここまでやれば上等。そこに居合わせた人みんなが大爆笑でした。

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断っておきますが、これは美人、不美人関係なく若い女性なら誰でも体験することです(当時は私も若かった)。今は状況も少し変わっているかもしれませんが、私のまわりにいた女性観光客は、みんなしばらく外を歩く気が失せていました。

そんなキューバでしたが、さらにびっくりしたのが、働いている子どもが一人もいないことでした。そう、一人も!です。もちろん、物乞いをしているホームレスもいません。それは、他の南米諸国では見たことのない光景でした。すべての子どもが教育を受けられるということは、日本にいると当たり前のようですが、決してそうではありません。これが社会主義国キューバなのだ、と強く印象に残りました。

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一方で、あれ?と思うことも。まず、みんなどこか“不満気”なこと。一見明るいとはいえ、会う人会う人、口を開けば愚痴ばかり。配給手帳を取り出して、「食べ物は配給されるけど、これじゃ全然足りない」とか、給料が安い(医者でも月給20ドルほど)とか、モノがないとか、外国に行けないとか、とにかくありとあらゆる不満を外国人の私に訴えてきます。

確かに、お店に入ってもビスケットや日用雑貨がガラスケースにぽつんと並べられ、スペースの10分の1くらいしかモノが並んでいません。でも、だからといって大半の人は何かをするわけでもない。何かできるわけでもない。そう、亡命する以外は……。

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あるキューバ人の若者が私にこんなことを言いました。

「僕は人生で戦おうとは思わない。ここでは意味がないし、変わるときがくれば変わるから。どんなことにも耐える準備はできているんだ。モノがないからといって不幸にはならないでしょう。パンしかなければパンを食べればいい。卵がないと不満を持つことはない。あるものの中でどうにかするんだ」

長い間じっと待っていた“変化”が起こったいま、彼らはどういう方向に向かって行くのでしょうか……。

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内戦で壊された「美しくて優しい国」 安田菜津紀さんに聞く、それでもシリアを撮り続ける理由

フォトジャーナリストになりたての時に撮影した一枚。「国境なき子どもたち」、「若者の家」の中で、兄弟のように共に育つ子どもたち。

2011年3月に始まり、いまだ収束しないシリア内戦。今年8月には戦闘が激化するアレッポで、ほこりと血にまみれた少年が救急車に乗せられ、静かに前を見つめる映像が世界に衝撃を与えました。 シリアから逃れた人たちの多くは、イラ…

2011年3月に始まり、いまだ収束しないシリア内戦。今年8月には戦闘が激化するアレッポで、ほこりと血にまみれた少年が救急車に乗せられ、静かに前を見つめる映像が世界に衝撃を与えました。

シリアから逃れた人たちの多くは、イラクやヨルダンなどの難民キャンプに身を寄せています。混迷が深まる祖国に戻ることもできず、定住することも叶わない――そんな難民キャンプで暮らす人々の姿を追うフォトジャーナリストの安田菜津紀(やすだ・なつき)さん(29)に、過酷な状況下に置かれている人たちを撮り続ける理由、そして写真を通して伝えたいことを聞きました。

父と兄を亡くして「家族」について考えた

――最初に、安田さんがフォトジャーナリストを志すことになったきっかけについて教えてください。

安田菜津紀さん(以下、安田):高校2年生の時にNGO団体「国境なき子どもたち」のプログラムに参加し、カンボジアに取材に行きました。その時に、同世代の子どもが人身売買の被害にあっていることを知り、衝撃を受けました。

実は、私も中学2年生で父を亡くし、その後3年生の時に兄も亡くしているんです。そんな背景もあって、「家族って何だろう」とずっと考えていました。そして世界に目を向けると、家族と暮らしたいのに暮らせず、虐げられている子どもがいる……なぜこんな不条理なことが起きるんだろうという疑問が芽生えるとともに、彼らと出会うことで「家族って何だろう」という問いに答えをくれるんじゃないか、とも思ったんです。最初のきっかけは自分本位なものでした。

――ご自身の家族とカンボジアで目にした現実が重なったことが、今の活動の原点になったのですね。

安田:そうですね。でも当時はまだ高校生だったので、何もできませんでした。ただ、多くの人に自分が見聞きしたことを伝えたいと思い、帰国してからカンボジアの児童人身売買のことを記事に書いて雑誌に投稿したこともありました。そして、同世代の中でも元々興味を抱いていない子たちに対して、いかに伝えることを考えたとき、文章よりも写真の方が間口の広い伝え方ではないかと思いました。「あれ?これなんだろう?」と興味を抱く最初の扉を築くのが写真の役割だと思い、フォトジャーナリストを志すようになりました。

フォトジャーナリストになりたての時に撮影した一枚。「国境なき子どもたち」、「若者の家」の中で、兄弟のように共に育つ子どもたち。

フォトジャーナリストになりたての時に撮影した一枚。「国境なき子どもたち」、「若者の家」の中で、兄弟のように共に育つ子どもたち。

シリアは「勢いのある優しさ」を持った国

――シリア難民のキャンプを撮影されるようになったのは、何かきっかけがあったのでしょうか?

安田:学生時代に、来日していたイラク人の友だちができたのですが、当時シリアは政情が安定していて、むしろ難民を他国から受け入れていたんです。その友だちが難民としてシリアに行くと聞いたので会うことになりました。その時はまだ世界中から旅行者が集まってきていたし、街も本当に美しくてシリアという国の魅力に惹かれていきましたね。

――その頃、シリアはどんな国だったのでしょうか?

安田:「人が“勢いのある優しさ”を持っている国」でした。初めてシリアにお邪魔した時に ガイドブック片手にバス停を探していたら、頼んでいないのに勝手にいっぱい人が集まってきたんです。何か騙そうとしているのかなと思って身構えていたんですけど、皆でバス停に連れて行ってくれて、バス代も誰かが勝手に払ってくれたんです。あと、風邪を引いて鼻をすすりながら歩いていたら、すれ違いざまに見知らぬ人がティッシュを渡してくれたこともありました。「人に対するおもてなしを大切にする」「困っている人を見かけたら積極的に親切にする」ことに対して、決して手を抜かない人たちなんだなと思いました。

――そんな人たちが内戦で祖国に戻れないというのは何ともやるせないですね。

安田:彼らにとって優先順位の一番は家族そして人間関係、その礎の上に仕事や、その他のあらゆる営みが成り立っています。それを考えるといかに彼らが今、苦しんでいるかがわかります。ある人はシリアに残り、ある人はシリアを出てヨーロッパか隣国に逃げる。バラバラの状態になってしまったことで、大事にしていた人間関係、彼らの“全て”だったものを壊されたわけですから。

ヨルダン北部に位置する、ザータリ難民キャンプ。壊れかけた水タンクの周りに、子どもたちが集う。

ヨルダン北部に位置する、ザータリ難民キャンプ。壊れかけた水タンクの周りに、子どもたちが集う。

難民キャンプで差し出されたコーヒーと毛布

――難民キャンプではどのような様子なのでしょうか?

安田:やはり皆さん本当に親切ですね。過酷な状況にもかかわらず、私が訪れると少ない食糧の中からコーヒーやお菓子でもてなそうとしてくれるんです。テント生活なのに「寒いから毛布を持っていけ」って言うんです。そんな優しさはどこからくるのかなって思います。皆で協力し合って暮らす姿が印象的です。

――現地の方とのコミュニケーションはどのようにとられているのでしょうか?

安田:私はアラビア語が話せないので、英語ができる難民の女の子が通訳として協力してくれています。実は、彼女自身も過酷な経験をしていて、お兄さんがフランスに逃れたのですがフランスは難民に対して厳しく、生活をしているうちにうつ状態になってしまい、イギリスへの密航を試みたところ船が転覆してしまったそうです。ご遺体はオランダに流れ着いたそうです。オランダの警察が(遺体の)身元を探してくれたため、お兄さんが亡くなったことがわかったと言っていました。お兄さんは今も墓石もないところにたった一人で眠っているようです。そういう苦しみを抱えながらも協力してくれるのは、シリアの人たちに「人に対して全力で向き合う」という気持ちがあるからだと思っています。

――そうした過酷な経験をされてきた方々にレンズを向けるにあたって、心がけていることはありますか?

安田:確かに深く傷つく経験をたくさんしてきた人たちですが、悲しいだけの瞬間だけではありません。テントの中にいれていただくと意外な一面をかい間見ることもあります。たとえば、部屋では派手な格好をしていたり、旦那さんとキスしている写メを撮ったりと、外では決して見られない瞬間があります。そういう何気ない日常の姿も一緒に伝えたいなと思っています。

そのため、日ごろから、生活に入り込んで時間をかけてゆっくり向き合って取材をさせて頂きたいと思っています。滞在する時には前回撮った写真を持って行くと喜んでいただけます。家を焼け出されいる人がほとんどなので、思い出の写真が何もないんです。そうした事情もあって、私の写真を見て、「自分たちに残った最初の思い出だ」と言ってくださることがうれしいですね。

「ただ悲惨なだけじゃない」それを伝えたい

――それは、ニュースではあまり報じられない、生活の一面ですね。

安田:私は「真実は多面性を持っている」と考えています。たとえば、日本に入ってくるニュースは精査されているので、空爆で何人死亡したとか、テロで殺されたかというような情報がほとんどですが、それを聞くと単純に私たちは恐怖を感じてしまいます。怖いという感情は人の心を遠ざけるエネルギーが強い。だから一つひとつのエピソードを伝える上でも、「最初から難民だった人はいない」ということを意識しながら、様々な背景の人たち、いろんな思想の人たちがいるという多面性を伝えることが大事だと考えています。

ちなみに、熊本地震が起きた時、誰よりも早くお見舞いのメールをくれたのはシリアにいる友人だったんです。自分たちが身近な人たちの死を経験しているだけに、私たちのために祈ってくれる。シリアはそんな人たちがいる国です。

――今後の活動について教えてください。

安田:常態化した難民の現状は、ニュースになりにくいんです。でも、私は彼らに光が当てられるようにしたい。「中東」と一口にいってもすべてが戦闘地帯や危険地帯ではなく、日常が穏やかに営まれている場所もあります。黒もあれば白もある、いろんな濃さのグレーがある、それを伝えていきたいと思っています。

(末吉陽子)

内戦で壊された「美しくて優しい国」 安田菜津紀さんに聞く、それでもシリアを撮り続ける理由

フォトジャーナリストになりたての時に撮影した一枚。「国境なき子どもたち」、「若者の家」の中で、兄弟のように共に育つ子どもたち。

2011年3月に始まり、いまだ収束しないシリア内戦。今年8月には戦闘が激化するアレッポで、ほこりと血にまみれた少年が救急車に乗せられ、静かに前を見つめる映像が世界に衝撃を与えました。 シリアから逃れた人たちの多くは、イラ…

2011年3月に始まり、いまだ収束しないシリア内戦。今年8月には戦闘が激化するアレッポで、ほこりと血にまみれた少年が救急車に乗せられ、静かに前を見つめる映像が世界に衝撃を与えました。

シリアから逃れた人たちの多くは、イラクやヨルダンなどの難民キャンプに身を寄せています。混迷が深まる祖国に戻ることもできず、定住することも叶わない――そんな難民キャンプで暮らす人々の姿を追うフォトジャーナリストの安田菜津紀(やすだ・なつき)さん(29)に、過酷な状況下に置かれている人たちを撮り続ける理由、そして写真を通して伝えたいことを聞きました。

父と兄を亡くして「家族」について考えた

――最初に、安田さんがフォトジャーナリストを志すことになったきっかけについて教えてください。

安田菜津紀さん(以下、安田):高校2年生の時にNGO団体「国境なき子どもたち」のプログラムに参加し、カンボジアに取材に行きました。その時に、同世代の子どもが人身売買の被害にあっていることを知り、衝撃を受けました。

実は、私も中学2年生で父を亡くし、その後3年生の時に兄も亡くしているんです。そんな背景もあって、「家族って何だろう」とずっと考えていました。そして世界に目を向けると、家族と暮らしたいのに暮らせず、虐げられている子どもがいる……なぜこんな不条理なことが起きるんだろうという疑問が芽生えるとともに、彼らと出会うことで「家族って何だろう」という問いに答えをくれるんじゃないか、とも思ったんです。最初のきっかけは自分本位なものでした。

――ご自身の家族とカンボジアで目にした現実が重なったことが、今の活動の原点になったのですね。

安田:そうですね。でも当時はまだ高校生だったので、何もできませんでした。ただ、多くの人に自分が見聞きしたことを伝えたいと思い、帰国してからカンボジアの児童人身売買のことを記事に書いて雑誌に投稿したこともありました。そして、同世代の中でも元々興味を抱いていない子たちに対して、いかに伝えることを考えたとき、文章よりも写真の方が間口の広い伝え方ではないかと思いました。「あれ?これなんだろう?」と興味を抱く最初の扉を築くのが写真の役割だと思い、フォトジャーナリストを志すようになりました。

フォトジャーナリストになりたての時に撮影した一枚。「国境なき子どもたち」、「若者の家」の中で、兄弟のように共に育つ子どもたち。

フォトジャーナリストになりたての時に撮影した一枚。「国境なき子どもたち」、「若者の家」の中で、兄弟のように共に育つ子どもたち。

シリアは「勢いのある優しさ」を持った国

――シリア難民のキャンプを撮影されるようになったのは、何かきっかけがあったのでしょうか?

安田:学生時代に、来日していたイラク人の友だちができたのですが、当時シリアは政情が安定していて、むしろ難民を他国から受け入れていたんです。その友だちが難民としてシリアに行くと聞いたので会うことになりました。その時はまだ世界中から旅行者が集まってきていたし、街も本当に美しくてシリアという国の魅力に惹かれていきましたね。

――その頃、シリアはどんな国だったのでしょうか?

安田:「人が“勢いのある優しさ”を持っている国」でした。初めてシリアにお邪魔した時に ガイドブック片手にバス停を探していたら、頼んでいないのに勝手にいっぱい人が集まってきたんです。何か騙そうとしているのかなと思って身構えていたんですけど、皆でバス停に連れて行ってくれて、バス代も誰かが勝手に払ってくれたんです。あと、風邪を引いて鼻をすすりながら歩いていたら、すれ違いざまに見知らぬ人がティッシュを渡してくれたこともありました。「人に対するおもてなしを大切にする」「困っている人を見かけたら積極的に親切にする」ことに対して、決して手を抜かない人たちなんだなと思いました。

――そんな人たちが内戦で祖国に戻れないというのは何ともやるせないですね。

安田:彼らにとって優先順位の一番は家族そして人間関係、その礎の上に仕事や、その他のあらゆる営みが成り立っています。それを考えるといかに彼らが今、苦しんでいるかがわかります。ある人はシリアに残り、ある人はシリアを出てヨーロッパか隣国に逃げる。バラバラの状態になってしまったことで、大事にしていた人間関係、彼らの“全て”だったものを壊されたわけですから。

ヨルダン北部に位置する、ザータリ難民キャンプ。壊れかけた水タンクの周りに、子どもたちが集う。

ヨルダン北部に位置する、ザータリ難民キャンプ。壊れかけた水タンクの周りに、子どもたちが集う。

難民キャンプで差し出されたコーヒーと毛布

――難民キャンプではどのような様子なのでしょうか?

安田:やはり皆さん本当に親切ですね。過酷な状況にもかかわらず、私が訪れると少ない食糧の中からコーヒーやお菓子でもてなそうとしてくれるんです。テント生活なのに「寒いから毛布を持っていけ」って言うんです。そんな優しさはどこからくるのかなって思います。皆で協力し合って暮らす姿が印象的です。

――現地の方とのコミュニケーションはどのようにとられているのでしょうか?

安田:私はアラビア語が話せないので、英語ができる難民の女の子が通訳として協力してくれています。実は、彼女自身も過酷な経験をしていて、お兄さんがフランスに逃れたのですがフランスは難民に対して厳しく、生活をしているうちにうつ状態になってしまい、イギリスへの密航を試みたところ船が転覆してしまったそうです。ご遺体はオランダに流れ着いたそうです。オランダの警察が(遺体の)身元を探してくれたため、お兄さんが亡くなったことがわかったと言っていました。お兄さんは今も墓石もないところにたった一人で眠っているようです。そういう苦しみを抱えながらも協力してくれるのは、シリアの人たちに「人に対して全力で向き合う」という気持ちがあるからだと思っています。

――そうした過酷な経験をされてきた方々にレンズを向けるにあたって、心がけていることはありますか?

安田:確かに深く傷つく経験をたくさんしてきた人たちですが、悲しいだけの瞬間だけではありません。テントの中にいれていただくと意外な一面をかい間見ることもあります。たとえば、部屋では派手な格好をしていたり、旦那さんとキスしている写メを撮ったりと、外では決して見られない瞬間があります。そういう何気ない日常の姿も一緒に伝えたいなと思っています。

そのため、日ごろから、生活に入り込んで時間をかけてゆっくり向き合って取材をさせて頂きたいと思っています。滞在する時には前回撮った写真を持って行くと喜んでいただけます。家を焼け出されいる人がほとんどなので、思い出の写真が何もないんです。そうした事情もあって、私の写真を見て、「自分たちに残った最初の思い出だ」と言ってくださることがうれしいですね。

「ただ悲惨なだけじゃない」それを伝えたい

――それは、ニュースではあまり報じられない、生活の一面ですね。

安田:私は「真実は多面性を持っている」と考えています。たとえば、日本に入ってくるニュースは精査されているので、空爆で何人死亡したとか、テロで殺されたかというような情報がほとんどですが、それを聞くと単純に私たちは恐怖を感じてしまいます。怖いという感情は人の心を遠ざけるエネルギーが強い。だから一つひとつのエピソードを伝える上でも、「最初から難民だった人はいない」ということを意識しながら、様々な背景の人たち、いろんな思想の人たちがいるという多面性を伝えることが大事だと考えています。

ちなみに、熊本地震が起きた時、誰よりも早くお見舞いのメールをくれたのはシリアにいる友人だったんです。自分たちが身近な人たちの死を経験しているだけに、私たちのために祈ってくれる。シリアはそんな人たちがいる国です。

――今後の活動について教えてください。

安田:常態化した難民の現状は、ニュースになりにくいんです。でも、私は彼らに光が当てられるようにしたい。「中東」と一口にいってもすべてが戦闘地帯や危険地帯ではなく、日常が穏やかに営まれている場所もあります。黒もあれば白もある、いろんな濃さのグレーがある、それを伝えていきたいと思っています。

(末吉陽子)

海外留学、帰国後のメリットは? 30代は英語力より「自信」が武器になる

留学

社会人5、6年目以降のアラサーから30代の女性の間で、海外留学を考える人が増えています。人生における大きな投資とも言える留学。語学の勉強はもちろんのこと、異文化理解や国際感覚など、得るものはさまざまです。 今回は帰国後の…

社会人5、6年目以降のアラサーから30代の女性の間で、海外留学を考える人が増えています。人生における大きな投資とも言える留学。語学の勉強はもちろんのこと、異文化理解や国際感覚など、得るものはさまざまです。

今回は帰国後の仕事への影響やメリットについて考えてみます。

英語を使わない業務でもプラスになる

留学

海外留学のEF(イー・エフ・エデュケーション・ファースト・ジャパン)のマーケティングディレクターの伊丹麻衣子(いたみ・まいこ)さんによると、

「英語環境に身を置くことで、自信を付けて帰ってくる人がほとんどです。テストの点数では測れないコミュニケーション力や、ネイティヴの英語に対する慣れ、そして臆さず意見を述べる精神力など、日本国内では習得するのに何年もかかりそうなスキルを、スピーディに身に付けてくる。

これは必ず仕事にプラスになるでしょう。直接英語を使わない業務でも、留学という経験を達成したことで、働くことに自信を持てるようになるようです」とのこと。

仕事は課題設定とその解決の繰り返し。留学も自分自身に課題を与えるようなものです。ポジティブな影響が仕事に出るのもうなずけますね。

もちろん、目に見える形で仕事に変化が起きる事例もたくさんあるようです。

「英語力を求められる部署へ希望通り異動できたり、よりお給料のいい企業に転職できたり。外資系企業に転職をする人もいます」と伊丹さん。

近年は日本企業でも英語力の高さを昇給条件にしたり、採用活動で優先的に選ぶというような傾向が見られます。帰国後にキャリアアップできれば、留学に費やす額なんて安いもの。しっかり元が取れるどころか、場合によってはプラスになります。

まさに自己「投資」という言葉通り、社会人留学はリターンがほぼ確実な投資と言えそうです。

次回は、帰国後のメンタル面の変化について取り上げます。
 
(奥浜アリサ)

PMSが原因? 女性の半数がSNSで「自分らしくない」行動に…

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生理前に体と心に不調が起こる月経前症候群(PMS)。「何かイライラするな」と思ったら、生理前だったとか多くの女性が心当たりがあるのではないでしょうか? 97%の人が「不調」 今回、大人女子のかかりつけアプリ「カラダのキモ…

生理前に体と心に不調が起こる月経前症候群(PMS)。「何かイライラするな」と思ったら、生理前だったとか多くの女性が心当たりがあるのではないでしょうか?

97%の人が「不調」

今回、大人女子のかかりつけアプリ「カラダのキモチ」を展開する「ドコモ・ヘルスケア」がアプリの利用者3274人を対象に、月経前症候群(PMS)に関するアンケート調査を実施したところ、PMSがSNSの利用の仕方にも影響を及ぼすという興味深い結果が出ました。

まず、生理前に不調があるか聞いたところ「毎回感じる」が62%、「時々感じる」が35%と全体で97%もの人が、生理前に何らかの不調を感じていることがわかりました。

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PMSによる具体的な症状を見てみると、「イライラ」と回答した人の割合が78%と最も多く、2位「眠気」(64%)と差がみられました。以降は3位「だるさ」、4位「食欲・体重増加」、5位「落ち込み」と続きました。それ以外にも、腰痛や便秘、むくみ、ニキビ、肩こりなどがあがりました。症状はひとつではなく複数の症状が現れているケースも多く、心も体も負担がかかっていることがわかりました。

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SNSで「らしくない」行動

次に、生理前の不調が原因で、SNS上(LINE・Facebookなど)で自分らしくない書き込みや行動をしたことがあるかどうか聞いたところ、「ある」と回答した人は48%に。具体的な行動としては、SNSを「見ない・読まない」という回答が43%で最も多く、次に「ネガティブな投稿(をしてしまう)」が31%と続きました。

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「カラダのキモチ」総合監修・産婦人科専門医の宋美玄(そん みひょん)先生は「女性は生理前に女性ホルモンの影響で不調が出やすく、悩んでいる方が本当に多くいらっしゃいます。ですが、我慢してしまったり、市販薬を服用したりして、婦人科を受診する人はまだまだ少ないです」と我慢をしてしまっている女性がまだまだ多いことを指摘。

「PMSの不調は改善できる場合もたくさんありますので、我慢せずに気軽に婦人科を受診してみてください」とコメントをしています。

【調査概要】
調査主体:ドコモ・ヘルスケア
調査期間:2016年10月31日~11月14日(月)
分析対象:「カラダのキモチ」アプリを利用している20~40代の女性
調査方法:ウェブでのアンケートを実施し、回答結果を分析
有効回答数:3,274人

(編集部)

この瞬間も、死に向かって生きている。「ばあちゃんの呪文」に思う、心に響く生き方

top_花と山の風景

特別、田舎暮らしへの憧れがあったわけではない私だが、東京に住みながらもずっと「心の原風景」みたいなのはあった。そして、その原風景とともに思い出すのが、ばあちゃんの呪文と生き様だ。 私の場合、「母の呪文」ほど「ばあちゃんの…

top_花と山の風景

特別、田舎暮らしへの憧れがあったわけではない私だが、東京に住みながらもずっと「心の原風景」みたいなのはあった。そして、その原風景とともに思い出すのが、ばあちゃんの呪文と生き様だ。

私の場合、「母の呪文」ほど「ばあちゃんの呪文」はあまり効果がなかったようだけれど……。

ばあちゃんの田舎にあった、自分だけの基地

紅葉

東京で生まれ育った自分の中に、子どもの頃からあった「原風景」。
それは、ばあちゃんの家の茅葺き(かやぶき)屋根の家だ。

子どもの頃、毎年夏休みになると、母方の田舎である宮城の山奥に帰省した。
そこは、私がいま住んでいる立山町・千垣以上に本当に何もない「田舎」で、集落自体もこじんまりとした村だった。
 
大きな茅葺き屋根の家に、中に入ると夏でもひんやりと冷たい土間。
囲炉裏(いろり)。
たっぷりと水が張られた水甕(みずがめ)。家の裏庭にひっそりとあった小さな池と井戸。
 
夏はたらいに冷たい井戸水を入れてスイカを冷やした。
トイレはもちろん水洗ではなく、「厠(かわや)」という言葉が似合いそうな、家の前を流れる小さな用水路の上に建てられた「離れ」だった。

その「厠」の中には、鈍い灯かりを発する豆電球に、天井からハエ獲りの粘着テープが下がっていて、髪の毛がくっつかないよう気をつけた。
昼間でさえ「厠」に行くのは怖かった。
 
冠婚葬祭を家で取りしきった名残りで、家にはお布団が何組もあり、法事などで親族が一堂に集まると、ふすまをはずして、大きなお堂のようにだだっ広いスペースにお布団を敷いて、みんなで雑魚寝になった。
 
夏は部屋の四隅に蚊帳(かや)を張って、その中で眠った。
まるで、自分だけの基地が出来たような気分だった。

「結婚相手なんて、目と鼻と口があれば誰でもいい」

花と山の風景

時代の流れとともに、屋根を葺き替え(ふきかえ)できる職人さんも減り、家は取り壊され、どこを切っても同じ顔が出てくる「金太郎飴」みたいな、味気もへったくれもない家に変わってしまった。
 
だけど、大人になってからも、ずっとこの「原風景」は胸の中に残っていて、何かの折につけてひょっこり顔を出した。

便利でも快適でもない家だったはずなのに、どこか心地よくて懐かしい記憶。

そして、この原風景とともに思い出すのがばあちゃんの言葉だ。

子ども心にばあちゃんは大変、頭がキレる人で、厳しい人だった。
じいちゃんが亡くなってから20年以上、晩年も子どもたちを頼ることなく、施設に入ることもなく、終の棲家(ついのすみか)でたった一人、暮らした祖母。

年頃になっても、ちっともおめでたいニュースのない私に、ばあちゃんは呪文のようにこう言った。「結婚相手なんて、目と鼻と口があれば誰でもいい。アフリカの人だってかまわねぇんだから」。

目と鼻と口……。
かつ、アフリカの人でもOKとは。

我がばあちゃんながら、この突き抜けた考えに爆笑してしまった。
昔の人間にしては、ずいぶんハイカラな人だったのだ。

「生き様」を見せてくれた祖母

落ち葉

そんなばあちゃんは、92歳の時、亡くなった。
お盆を前にした夏の暑い日、大好きな畑の上で。誰にも看取られることなく。

ばあちゃんは、おそらく前の日の夕方、畑に出かけ、そこで倒れて息を引き取ったらしい。そして、一晩、土の上で眠った。翌朝、近所の長四郎さんが、畑の上で倒れているばあちゃんを発見した。

ばあちゃんの訃報を聞いたとき、正直、ショックというよりも「あぁ、ばあちゃんは最後まで、自分らしい生き様を見せてくれたのだな」と感じた。

そう「死に様は、生き様」だ。

どのように死にたいか、から逆算して考えれば、じゃあ日々、どんな生き方をすればいいのか見えてくる。

この一瞬だって、「死に向かって生きている」ということに気づけば、誰にだって優しくなれる。

「公務員になれ」という母の呪文ほどは効果がなかった、「結婚相手なんて、目と鼻と口があれば誰でもいい」というばあちゃんの呪文。

だけど、こんな風に私の胸に響く生き様を見せてくれた祖母なのだ。

写真:松田秀明

ダメな子も洗脳でバッチリ!? 良い子に育つぞ〜…簡単子育て催眠術

大きくなってどんな子に育つか。それを決めるのは、わずか3~6歳の幼少期だって知っていましたか? 今回はヒプノセラピストの筆者が、『Menjoy!』のママ読者の皆様へ、子どもがぐんぐん良い子に育つ簡単子育て催眠術をお教えします。

大きくなってどんな子に育つか。それを決めるのは、わずか3~6歳の幼少期だって知っていましたか? 今回はヒプノセラピストの筆者が、『Menjoy!』のママ読者の皆様へ、子どもがぐんぐん良い子に育つ簡単子育て催眠術をお教えします。

人間の考え方が形成されるのは3~6歳

筆者は日々、ヒプノセラピーという催眠療法で、皆さんの心の問題や様々なブロックに、共に向き合っています。

そんな仕事をしていると、その人の考え方というものは、3~6歳の幼少期にどのような親に育てられ、どのような過ごし方をしたのか、ということに深く関わっていることを実感します。

この時期に良い教育を受けた子供が、大人になってその教えから受ける影響と、好ましくない方法で育てられた結果及ぼされてくる影響には、天と地ほどの差があるのです。

今回は、非言語催眠NLPを応用した子育て催眠をお母さま方に少しでも知っていただきたい。でもとても簡単なことばかりですので、読んでみてくださいね。

ヒプノセラピスト・相川葵(筆者)

子どもを良い方向へ洗脳する簡単催眠術

1:体を撫でる

子どもをナデナデすることは実に当たり前のようで、6歳になる前に頻度は確実に落ちてきます。

子ども自身も重く、活発になるし、親も「もう赤ちゃんではない」と扱うために、徐々に抱っこしなくなり、撫でなくなるのです。下の子が生まれれば、もうほとんど上の子には触らないという人も。

しかし、撫でることは最も簡単な「愛してる」を伝える方法。接触することで子どもは愛を感じ、体温を感じ、お母さんの最大の信奉者になっていくのです。

2:キスをする、ほおずりをする

夫じゃあるまいし!と思う方も多いかもしれませんが、キスもまた無条件に子どもに愛を伝える方法です。

男の子などは比較的早く、ベタベタしなくなることがありますが、キスを嫌がるようでしたらほおずりや、ハグでも良いでしょう。

子どもがアッサリしているから、こちらも大人の対応でアッサリしていいんだ!と考えていると、子どもから「愛されていないんだ……」と解釈されてしまうことも。

3:相手を認める

相手を認めることには、言葉を用いない方法と、用いる方法があります。

いずれにしても大きくなってから自分自身のアイデンティティに支障を来す人は、幼い頃に親から人格を、つまり“自分のやり方を”認めてもらえなかったという経験を、しばしば持っています。

子どもの幼少期には、微笑んで見つめるだけで手を出さないのもよし、「いいね!」「がんばってるね!」と声をかけるもよし、子どもを一人の人格として認め、尊重することにカギがあるのです。

もちろん叱るべきところは叱りますが、「そんなんじゃダメよ」「もっとこうしなさい」と始終言われて育つ子は、親を信頼することもできないし、自分を信じることもできないのです。

子どもを洗脳するのはお母さん!

よく占いやセラピーに来られる、精神的に問題を抱えたクライアントの殆どが、幼少期に、身近にいた母親からの愛情を感じられなかった人たちです。

もちろん父親も親ですが、やはり長い時間を共に過ごすお母さんが、1番はじめに子供を洗脳しているのだということを感じます。

幼少期に子どもを否定しながら育てるというのは、子どもにとっては“悪い催眠をかけられた状態”!

是非、3~6歳の幼少期に、お子さんに“いい催眠”をかけて洗脳し、その後の人生に自信を持って臨めるように育ててあげましょう。

鶏っぽさ満点! 高野豆腐でつくる脂肪にならない「唐揚げ」【太らないつまみ】

①イメージs

お酒のつまみの定番と言えば「鶏のから揚げ」。美味しいけどカロリーを考えると、食べるのにちょっと罪悪感が伴いますよね。そんな気持ちを解放してくれる「高野豆腐から揚げ」は、カロリーをぐっと抑えられる上に鉄分や食物繊維などの栄…

お酒のつまみの定番と言えば「鶏のから揚げ」。美味しいけどカロリーを考えると、食べるのにちょっと罪悪感が伴いますよね。そんな気持ちを解放してくれる「高野豆腐から揚げ」は、カロリーをぐっと抑えられる上に鉄分や食物繊維などの栄養もたっぷり。しかも味も食感も鶏のから揚げにそっくりとくれば、家呑みつまみに加えない手はありません!

①イメージs

脂肪がカラダを素通りしてくれる「から揚げ」

そもそも高野豆腐自体が鶏肉よりもカロリーが低いことは、皆さんも容易に想像がつきますよね。でも、高野豆腐から揚げが「太らないつまみ」である理由は、それだけではないんです!

大きなポイントは、高野豆腐に含まれている「レジスタントタンパク(レジスタントプロテイン)」。このタンパク質自体はカラダに吸収されにくいものなので栄養にはあまり影響はないのですが、何と悪玉コレステロールや中性脂肪とくっついて、一緒に体外に出ていってくれるスグレモノ。

カロリーが低いだけでなく、カラダに溜め込みたくない脂肪分までコントロールしてくれる成分が含まれているとは、酒のつまみにピッタリですね。

太らないPoint

★鶏肉→高野豆腐(カロリーが約1/2)
★揚げる→焼く
★高野豆腐が、悪玉コレステロールを低下させ、中性脂肪の上昇を抑える

材料

高野豆腐……2個
[A]
卵……1個
おろしにんにく(チューブ)……小さじ1/2
おろししょうが(チューブ)……小さじ1/2
鶏ガラスープの素……小さじ1/2
醤油……大さじ1/2
片栗粉……適量

②材料s

作り方

(下ごしらえ)高野豆腐をぬるま湯で戻し、食べやすい大きさにカット。

③下ごしらえ(1s

   

④下ごしらえ(2s

1)Aをボウルに入れ、よく混ぜ合わせる。

⑤レシピ(1s

2)1に下ごしらえした高野豆腐を加えて、味をしみ込ませる。

⑥レシピ(2 s

3)片栗粉を加えて、よく混ぜる。

⑦レシピ(3s

4) 3をフライパンでこんがりと焼く。

⑧レシピ(4s

はい、できあがり!

⑨完成s

レシピ

★鶏ガラスープの素は、コンソメやカツオだしに置き換えてもOK。好みの味つけに。
★代謝効率の高いココナッツオイルで焼くと、より太らないつまみに。

鶏っぽさ満点! 高野豆腐でつくる脂肪にならない「唐揚げ」【太らないつまみ】

①イメージs

お酒のつまみの定番と言えば「鶏のから揚げ」。美味しいけどカロリーを考えると、食べるのにちょっと罪悪感が伴いますよね。そんな気持ちを解放してくれる「高野豆腐から揚げ」は、カロリーをぐっと抑えられる上に鉄分や食物繊維などの栄…

お酒のつまみの定番と言えば「鶏のから揚げ」。美味しいけどカロリーを考えると、食べるのにちょっと罪悪感が伴いますよね。そんな気持ちを解放してくれる「高野豆腐から揚げ」は、カロリーをぐっと抑えられる上に鉄分や食物繊維などの栄養もたっぷり。しかも味も食感も鶏のから揚げにそっくりとくれば、家呑みつまみに加えない手はありません!

①イメージs

脂肪がカラダを素通りしてくれる「から揚げ」

そもそも高野豆腐自体が鶏肉よりもカロリーが低いことは、皆さんも容易に想像がつきますよね。でも、高野豆腐から揚げが「太らないつまみ」である理由は、それだけではないんです!

大きなポイントは、高野豆腐に含まれている「レジスタントタンパク(レジスタントプロテイン)」。このタンパク質自体はカラダに吸収されにくいものなので栄養にはあまり影響はないのですが、何と悪玉コレステロールや中性脂肪とくっついて、一緒に体外に出ていってくれるスグレモノ。

カロリーが低いだけでなく、カラダに溜め込みたくない脂肪分までコントロールしてくれる成分が含まれているとは、酒のつまみにピッタリですね。

太らないPoint

★鶏肉→高野豆腐(カロリーが約1/2)
★揚げる→焼く
★高野豆腐が、悪玉コレステロールを低下させ、中性脂肪の上昇を抑える

材料

高野豆腐……2個
[A]
卵……1個
おろしにんにく(チューブ)……小さじ1/2
おろししょうが(チューブ)……小さじ1/2
鶏ガラスープの素……小さじ1/2
醤油……大さじ1/2
片栗粉……適量

②材料s

作り方

(下ごしらえ)高野豆腐をぬるま湯で戻し、食べやすい大きさにカット。

③下ごしらえ(1s

   

④下ごしらえ(2s

1)Aをボウルに入れ、よく混ぜ合わせる。

⑤レシピ(1s

2)1に下ごしらえした高野豆腐を加えて、味をしみ込ませる。

⑥レシピ(2 s

3)片栗粉を加えて、よく混ぜる。

⑦レシピ(3s

4) 3をフライパンでこんがりと焼く。

⑧レシピ(4s

はい、できあがり!

⑨完成s

レシピ

★鶏ガラスープの素は、コンソメやカツオだしに置き換えてもOK。好みの味つけに。
★代謝効率の高いココナッツオイルで焼くと、より太らないつまみに。